ブラックジャックに出会った。

上司が優しくて、私が当直明けだと言うことを察すると、帰って寝てこい、午後は休みで良いと宣う。「患者が危ないだろ」とぼそっと一言。
患者も危ないかもしれないが、研修医は自分が気遣われていることを強く感じる。

究極的に優しく、ものすごく患者思いな反面、製薬会社の勉強会が嫌い、患者のことを思わない上司が嫌い、学会が嫌い、専門医制度が嫌い、組織が嫌い、という 現代版ブラックジャックのような先生で、はっとさせられることが多々ある。

不真面目なのかと思いきや、豊富な知識量で圧倒される。ただ単に、自慢しないだけ、吹聴しないだけ。


2年目も終わろうとしている研修医は、ブラックジャックに出会ったのだった。

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骨髄穿刺に対するイメージが、彼のおかげで大きく変わった。

骨にぐりぐりと太い針を刺して、骨の中の骨髄液を取ったり、中身を生検する骨髄検査が、研修医は嫌いだった。学生時代に何十回と見て、なんて野蛮なんだと思い、嫌悪していた。自分が施行する立場になるだなんて思いもしなかった。経験したことがないのでどの程度痛いのかはわからないが、骨に渾身の力で太い針(直径2mmくらいはありそう)をぐりぐり刺して行くので、痛々しいのである。

「あの手技は嫌いです、出来ないと思ったので血液内科医にはなれないと思いました」

と研修医が言うと、黙って聞いていた先生が

「じゃあ、俺がやるから見てなよ、先生のイメージが変わるといいけど」

と言い、検査を見せてくれた。うつぶせになってもらい、まずは皮膚の表面、その後に、骨膜の表面を麻酔するのだが、この時にじっくり時間をかける。その後、太い針に換えて本穿刺をするのだが、その時に、うつぶせになっている患者さんの顔を何度も覗き込み、少しでも痛そうだったら一旦針を抜き、また麻酔をやり直す。たとえ、それ以上の除痛が難しかったとしても、決してそのまま続けない。形だけでも、麻酔を足す。そうすることで、患者さんは「麻酔追加してくれたし、先生も最善を尽くしている。ちょっと痛いのは仕方ないな…」と、不安が和らぐのである。

そして、一番痛い「可能性がある」ところでは、あえて世間話をして、患者さんの意識をそらす(全員が痛いわけではないが、骨の中から骨髄液を引くところは、痛い場合があり、これに対する麻酔薬はない)。「今日は雪ですね」、とか「○○さんはどこにお住まいですか?僕は…」とか、ほとんどどうでもいい世間話をする。ポーカーフェイスな彼が、いきなりそういう世間話をするので、患者さんはちょっと驚く。

で、そうこうしているうちに終わるので、患者さんはほぼ例外無く、「え、もう終わりですか?痛くなかったです!」…と言う。

薬だけが麻酔ではないな、と研修医は強く思う。

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と、いうことで、彼の完コピで検査を施行しているので、研修医も上々の出来である。

ブラックジャックに付くことで、純粋な学問としての医学以外にも多くのことを学んでいる。